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景鶴山
景鶴山

基本情報
1 山名 景鶴山(けいづるやま)
標高 2,004m 
山域 越後山脈
都道府県 新潟・群馬
位置 N36.57.25/ E139.12.38
地図 2万5千分の1地図「尾瀬ヶ原」
20万分の1地勢図「日光」
7 山岳区分 日本三百名山・ぐんま百名山・越後百山
登山記録
山歩No 3350-25014
登山日 2025年4月26日(土)
歩程  8時間20分 (鳩待峠ー東電小屋ー景鶴山ー見晴)
天候 快晴
形態 前日発1泊2日
アプローチ JR沼田駅ー関越交通バス尾瀬戸倉
パーティー 1人
動画URL https://youtu.be/9iq9knDANJQ

 日本三百名山の中には登山道がなく、残雪期のみ登ることができるという山がいくつかある。石川・岐阜県堺の笈ヶ岳や、岐阜県の猿ヶ馬場山、岐阜・福井県境の野伏ヶ岳などそのような山を過去にいくつか登ってきた。いわば最後に残った山が、この群馬県新潟県の県境にある景鶴山(標高2004m)である。この山は尾瀬という比較的首都圏からアプローチのしやすい山域にありながら、百名山の燧ケ岳と至仏山の間に挟まれた位置にあり、人気を奪われ、かつ現在の地権者が入林を禁止しているということもあり、なかなか登るのにハードルが高い山であった


JR渋谷駅

 実際のところ残雪期の登山は植生を保護するという目的に照らすならば登山者が通過してもあまり悪影響がないためか、実質ゴールデンウィークの残雪期までの登山は黙認されているようである。友人が2023年に登った記録を見て、自分も何とか行ってみたいと思っていた。かつて多くの人が鳩待峠から日帰りしていたようであるが、2025年現在マイカーの鳩待峠への乗り入れは完全に規制されているので、尾瀬戸倉から鳩待峠までのバスを使い時間的には山中1泊とならざるを偉いようである。テントを担いで若い頃に泊まった見晴らしキャンプ場に一泊することで計画を立ててみた。


JR新前橋駅

登山前日の4月25日(金)に午後有給休暇を取得する。 12時15分に家を出る。渋谷まで行き、渋谷から埼京線に乗り換える。 13時15分高崎行きの湘南新宿ライン特別快速に乗車する。 この電車に乗って終点の高崎駅まで行く。 15時4分に高崎駅に到着ここからJR両毛線小山行きに乗り換える。 新前橋で乗り換え時間があったので、新前橋の改札を出て向かいのニューズデイで飲み物を購入。 15時41分JR上越線のみなかみ行きに乗る。 


尾瀬戸倉

 七駅に乗って16時18分沼田駅に到着した。 ここから関越交通のバスに乗って尾瀬戸倉へと向かう。 途中尾瀬戸倉に行く平川沿いに桜が綺麗なところがあり、車中から景色を撮影した。 尾瀬戸倉到着は17時25分、終点まで乗車していたのはバスの乗客で自分ひとりであった。 たからやという酒屋でビールと酎ハイを買って、 尾瀬第二駐車場へと向かう。 途中尾瀬ぶらり館に立ち寄り、入浴できるか確かめてみたが、平日は営業していないようであった。 第二駐車場も入り口は閉鎖していたが、中に入り桜の木の下の土台になったところでテントを張る。日没を迎え19時にひとり宴会をして、そのまま寝る体制である。


鳩待峠

 2025年4月26日土曜日朝4時20分起床。 5時半の始発バスに乗るために早めに湯を沸かし、テントを撤収して尾瀬戸倉の第一駐車場へと移動する。 5時15分の段階ですでに鳩待峠へ向かうバスの乗車券販売機に50人ほどの行列ができていた。行列の後ろに並び順番待ちに20分程費やした。乗りあいタクシーがフル稼働していることもあり、チケットを買い終わった後は人数により臨機応変に配車をしてくれて、5時45分頃に駐車場を出発することができた。とりあえずタクシーに乗って25分ほどで鳩待峠に 到着した。トイレを済ませアイゼンとスパッツをつけて、 6時45分に鳩待峠を出発する。 多くの登山者が至仏山へと向かうのと別れて、山ノ鼻へ向かって降りていく。


山ノ鼻から尾瀬ヶ原へ

 踏み跡に従って歩いている間は良かったが、途中からルートを間違えて沢沿いに降りてしまった。正面から一人の登山者の方が戻ってくるのを見て、このまでは渡渉にぶつかり進めないことを悟る。戻ってきた登山者と話をして200mほど戻り、そこから登り返して夏道に復帰するというルートの選択をした。YAMARECOのルート外れ機能も活かして、夏道へと戻る。 ここからは夏道のメインのルートに従い進んでいく。 バックカントリーのスキーの方も一人自分を追い越して行った。山ノ鼻到着7時55分。公衆トイレに立ち寄る。 環境保護の協力金がペイペイで支払うことができたのには驚きである。 休憩を済ませ山ノ鼻を8:10に出発する。 六年前に宿泊した至仏山荘の前を通り、尾瀬ヶ原へと出て行く。尾瀬ヶ原はほぼ木道が雪におおわれて隠れていた。

 

ヨッピ吊り橋

 前を見ると東へ向かって進んでいる登山客がいる。上の大堀川橋を渡るところで山ノ鼻へ向かう登山客が中間地点で待っていてくれた。9:15、牛首分岐を北東へに進む。ここからは登山者がめっきり少なくなる。東電小屋まで行くこのルートは途中で二箇所沢を渡るところがあるか、この時期はまだ橋の踏み板を取りつけていないので、橋の枠だけを歩くというスリルのあることをしなければならない。 ヨッピ吊り橋はさすがに高さもあり怖かったが、手前でアイゼンを外して、リュックにアイゼンをくくりつけたまま慎重に進んでいった。

東電小屋

 ヨッピ吊橋を渡り終わり、再びアイゼンを履く。 歩いて20分程で東電小屋が見えてきた。 10時45分東電小屋に荷物をデポする。10:56、東電小屋の裏手から踏み跡に従い尾根に取り付く。ここから笹山の山頂まで、およそ30分の登りである。 11時19分、笹山の山頂に到着。 これと言って展望のある山頂ではない。 山頂を過ぎて標高差50m程下り、鞍部から再び登りに取りつく。東電小屋の西側からもルートがあるようで、ここから合流してくる登山客も何組かいた。 1653mのピークは東側から雪道を登りそこからは燧ヶ岳の景色が良い。ここまで来て初めて会津駒ケ岳のきれいな姿が見えた。


与作岳
 
与作岳までは我慢の登りである。与作岳山頂に辿り着くと北に平ケ岳のまっ白な山容が見えた。 そういえば山ノ鼻で一緒だった方は今日平ケ岳まで行くと言っていたが、どこまで進めただろうか。 与作岳からは稜線伝いに景鶴山にアタックする。 山頂が良く見える景鶴山の山頂の手前では両側の稜線が切れ落ちており、危険がいっぱいという感じである。 特に山頂直下の大岩は左側の雪の切り立ったところを巻かなければいけなくて、かなり足元が怖い感じがした。 ピッケルもフルに使いながら、足元に気を付けて登って行く。 最後は景鶴山の北側の細い樹林の中を進むが、こちら側は風が強く、なおかつ雪も固まっているのでアイゼンが必携という感じであった。


景鶴山山頂

登り詰めて14時18分景鶴山の山頂に到着。途中で一緒になった女性の方と自分と2人だけであった。彼女は雪だるまの型を地持参しており、雪玉を作り山頂でしっかりと写真を撮っていた。 自分もシャッター押してもらって写真を撮った。 万歳三唱をして動画を撮影。 14時50分景鶴山の山頂を出発する。


 

東電小屋へ下る

下りも気を抜けないルートである。切り立った稜線を慎重に降りていく。 与作岳との分岐までくるとやっとほっとした。与作岳を超えて、そこからの下りで目指す笹山と東電小屋が見えた。 女性の方が樹林の中で熊棚があると教えてくれた。 結構東電小屋に近いところだったので東電小屋にもツキノワグマが出るのかもしれない。 笹山を山頂は通らずにそのピークを迂回するように西側から降りてゆく。


見晴を目指す
 
16時49分東電小屋に到着。小屋にデポした荷物を見たら最初に置いた位置から大きくずれていないが、横に取り付けられていたポケットの中が開けられた形跡があり、クマなのかシカなのかニホンザルなのか、何らかの動物が荷物を荒らした形跡があることがわかった。 クマだとするとこの荷物を抱えて歩いている最中に襲われたりするしたらどうしようかと心配になりながらも、ほっとくわけにいかないので、荷物をかついで見晴へと移動を開始する。



尾瀬ヶ原の夕景
 
 最後は東電分岐を経由することなくほぼ直通ルートで見晴に到着することができた。 17時40分見晴キャンプ場に到着。 燧小屋で受付をしてもらい、ロング缶を一本買って少し端の方のテント設営地点に行く。 テントの設営が終わって湿原の方に出てみたちょうど日没の時間と重なり景鶴山がきれいに見えていた。 テントの中でパスタとツナ缶の夕食を食べる。 日本酒とウイスキーを飲んで21時に就寝。


念願の景鶴山になんとか登ることができた。 残雪期登山ということで一定の装備と雪山を歩く経験がないと登れない山だと感じた。 天気に恵まれて素晴らしい展望の写真・動画を撮影することができたので満足であった。 今回クマ撃退スプレーを腰につけてあるいたがやはりなんらかの対策をした歩くのがよいと感じた。
 
(2025年5月記)

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地図の引用画像は国土地理院発行の数値地図50000(地図画像)と数値地図50mメッシュ(標高)を利用しています。(この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。承認番号  平13総使、第301号)
登山ルートの俯瞰図は、DAN杉本氏の開発したソフトウエア「カシミール3D」にて作成しています