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基本情報
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山名 |
粟ヶ岳(あわがたけ) |
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標高 |
1,292.7 m (二等三角点) |
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山域 |
越後山脈 |
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都道府県 |
新潟 |
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位置 |
N37.33.19/ E139.11.19 |
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地図 |
2万5千分の1地図「粟ヶ岳」
20万分の1地勢図「新潟」 |
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山岳区分 |
日本三百名山・越後百山 |
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登山記録
| 山歩No |
3310-25011
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| 登山日 |
2025年4月5日(土) |
| 歩程 |
5時間50分 (五百川登山口ー避難小屋ー粟ヶ岳ー五百川登山口) |
| 天候 |
快晴 |
| 形態 |
前日発日帰り |
| アプローチ |
北陸自動車道三条燕ICから国道289号線 |
| パーティー |
1人 |
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新潟県の粟ケ岳は日本三百名山の一つでもあり新潟百山の中にも選定されている。標高1293mとさほど高くはないのだが、それでも登りだしの地点が標高143mということを考えると、1100m以上の標高差を上がることになり、かなり一日の行程としてはハードだと言えよう。比較的標高が低いことから、晩秋や早春でも行けると考えていた。 別の人の記録を見た時に、残雪期に登っている記録があった。 そのたおやかな稜線と真っ白な雪山の斜面を登る様子はとても魅力的だった。 それを見て何とか残雪期に行くチャンスはないかと伺っていた。 2025年の3月は天気が悪く、山に行けない日が多かったので、4月の第1週にどうにか行ってみようと思っていた。 あいにく当初予定していた岐阜の方の山は2日かかるということで、この粟ヶ岳を車中一泊してピストンと言う行程を実行することにした。
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駒寄PAで見る榛名山
2025年4月4日(金)この日は有休を取得して、朝から山登りの準備を始めた。 前日のうちにココヘリやGoProを充電しておき、朝から荷物を積み始めた。 車で行くとなるとどうしても荷物がかさんでしまうが、それでも10時半に家を出ることができた。 平日の昼時ということもあり、練馬まで行く環状8号線が相当混雑した。 12時過ぎに関越に乗って少し走り、 上里パーキングエリアで昼食に焼きそばパンを購入した。 これを車内で食べたあと、一つ間ほど高速を走ると正面に榛名山が見えてきた。 新潟県地方は曇りまたは雨となっている。 関越トンネルに入ってでたにはもう雨が降っていた。 雨というよりみぞれと呼んだ方が良いかもしれない。路面が滑るということはなかったが、注意深く塩沢石打をすぎ長岡方面に行く。 長岡ジャンクションから北陸道に入る。 全く渋滞はなく長岡から三条燕インターまでも順調に進んだ。
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道の駅「漢学の里しただ」
16時15分、燕三条インターで下りて、ナビで調べた通りイオンへ行って夜の食材を購入する。日本酒も500mlのものを買っておいた。 夕食は餃子とエビマヨサラダである。 一部は割引になっていた。 翌日の朝のうどんも購入しておく。 三条燕インターからは国道289号線を東に進んでいく。一度今夜の宿泊地である道の駅「漢学の里しただ」に寄って、場所を確認した後に、17時半そこからさらに先のところにある「いい湯らてい」に寄った。 混雑しているということはなかったがひっきりなしに仕事終わりのサラリーマンと思われる人たちの車が入ってきていた。 男性浴室もロッカーに鍵がついており設備が充実している。 露天風呂に入ってみたが、正面に見える八木鼻の岩が結構見事であった。 内湯は40度の湯と41度の湯とがあriミストサウナがあってなかなかよい。 6時40分に風呂から上がり、まだ雨の降る中を車で先ほどの道の駅「漢学の里しただ」へもどる。 今日はここで車中泊を決めたことになる。 隣に1台それから道路の反対側の道の駅のスペースでもう1台停まっていた。なんのかんのスマホ見たりして、ようやっと22時に就寝した。
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五百川登山口
翌朝4時30分に目覚ましで起きる。 幸い外は晴れて明るくなってきている。 湯をわかしてカップうどんを食べ、さらに余った湯はテルモスに入れておいた。 そこから移動して30分程で粟ヶ岳の登山口に到着した。 登山口までのルートはところどころ要所には道しるべが出ており迷うことはなかった。 駐車場は除雪のの終了地点ですでに3台の車が停まっていた。 全部で8台くらいは停められるだろうか。 6時45分歩き出す。 150m程歩いて左手にバイオトイレがある。 冬の間は使えないようである。バイオトイレの先に登山口がある。 ここから山道に入るが、最初は林道で鉄の橋を渡った後に登山道になった。
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薬師避難小屋
猿飛の滝と呼ばれる右側の崖から相当水が落ちてる場所を渡り、いよいよ登山開始という感じである。 渡渉地点は鎖はあるものの、結構注意して渡らないと濡れてしまうような場所でやや苦戦した。しばらく歩くと大ブナの木という標識が現れた。 結構標識は充実している。さらに登ると三合目の表示があった。 この辺りにくるともう雪は融けており夏道を歩いていくことになる。 四合目を過ぎてしばらくすると雪で道が分からなくなって、前の人の踏み跡が直登ルートをとるような形で稜線に出ていたので、その後をついて行く。 足跡に従って進んでいくと、五合目である薬師の避難小屋に到着した。避難小屋はあったが屋根が壊れているようだった。 奥の院の祠は雪に埋もれているようで見えなかった。
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七合目からの守門岳の眺め
避難小屋を出て再び足跡に沿って進んでいく。 ここからしばらく緩やかな登りを上がったところで稜線に辿り着いた。 稜線に上がると朝日が輝いていた。 やがて樹林を抜けて雪に覆われた稜線を進んでいくことになる。10時に七合目に到着。 平らになったところで休憩を取り、行動食を摂取した。この場所から後ろを振り返ると守門岳がきれいに見える。七合目を出発していよいよ核心部の午の背にたどり着くことになる。 稜線の背が確かに細くて恐怖感はあったが、少しルートが下りになることもあってあまり歩きにくいというイメージはなかった。 七合目から先はピッケルを出しアイゼンもつけて念には念を入れて進む。 午の背の少し手前でご夫婦ずれとそれ違う。 途中で拾った温度計がこの方たちのものかと訊いてみたが、今日は自分たち以外には誰も登っていないからもっと前に誰かが落としたものではないかと言ってくれる。 朝早くから登っていたようだ。
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難所の午の背
午の背からは先稜線伝いに行くよりも直登ルートを取った方が楽だよと教えてくれた。 午の背のところで後ろから来た男性のソロ、この方はワカンをつけていたが、先に行ってもらう。 そうこうしているうちにその後ろに来たスノーシューの人も自分を追い込していた。 スノーシューの方はピッケルを持っていなかったが歩きなれているようで安定した足取りだった。 途中で少し息を整える。ここから九合目の地点まではルートを左に巻くようにして進むのだが、ハイマツ帯を越えたところで、雪にズボッと落っこちてしまった。 腰まで落ちてしまい、なんとか這い上がったが、外に出てみると左足につけていたアイゼンがない。 てっきり穴の中で落としたものだと思い探してみるしかしながら見つけることができない。 途方に暮れて穴を掘り疲れて休んでいると、後ろから来た2人組の人がなんと私のアイゼンを持って来てくれた。 実は穴の中で落としたのではなく、もっと前で足から外れていたのを気づかずに歩いていたようである。 とにかくアイゼンが見つかってよかった。 これがないと下山できないところであった。 その方にお礼を言って改めて左足にアイゼンを取り付ける。
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粟ヶ岳山頂
この2人組の方が少し先を歩き、後を追いかけるように自分も山頂への登りを登って行く。 12時6分粟ケ岳の山頂に到着。山頂標識はしっかりと出ていた。 山頂にはベンチがあって先に来た2人の人が座っていた。 自分も三角点にタッチして荷物を降ろして昼食の準備をする。 EPIをつけてテルモスの湯を沸かしてアルファ飯を作る。 湯を少し大目に沸かしてカップ味噌汁を作ってみた。 2人組の人と少し話をしながら山頂からの景色を楽しむ。 飯豊連峰が真っ白に光って綺麗だった。 ゆっくりと山頂の景色を楽しんでいるうちに、みんな下山してしまったので、心置きなく万歳三唱の動画を撮影した。
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復路の午の背
12時56分下山開始、雪面にアイゼンのかかとをさしながら降りていくのは気持ちの良いものある。 右手前を見ると午の背のあたりで先ほどの2人組が休憩しているのが見えた。 先ほど自分がハマった穴の証拠写真を撮影した後に、九合目から松の方に降りていく。 やってきた別の2人組とすれ違う。 融雪で一か所大きく割れているところがあり、そこをまたぐのに女性が苦労したということで教えてくれた。 登りのときは割れているところはなかったが、やはり一日でだいぶ雪が融けてルートの状況が変わってしまったのだろうか。 午後になって温度が高いので雪崩や雪庇の崩落を気をつけなければならない。
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三条の町を見ろしつつ下山
彼らとすれ違った後、割れている地点に来たら一応自分の足幅だと跨いで通ることができた。 ただ午の背は、往路で通った時よりも帰りの方が険しい登りに見えて恐怖感はあった。 七合目を目指して降りていく。 雪庇の近い所をそうなる避けるように気をつけながら下って行く。 七合目で休憩、粟ヶ岳および守門岳の姿に別れを告げて雪の斜面を下りていく。 降りて行く途中でカメラをセットして自分の動画を撮影してみた。 14時10分、避難小屋に到着。 せっかくなので避難小屋の中を覗いてみることにした。やはり屋根が壊れているということで中に雪が吹きだまっていた。 これだとなかなか寝るのは苦しいかもしれない。 避難小屋を出てやはり足跡を辿りながら忠実に降りていく。 四合目あたりではもう雪が完全に融けて夏道を下りていく。 元地のあたりからまた樹林の中で雪の中の歩きになる。 渡渉地点は来るとき同様結構気を遣ったがやはり靴を少し濡らしてしまった。 鉄の橋を過ぎると正面に猿飛滝が見えた。ゴールは近い。
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帰りに道の駅から眺めた粟ヶ岳
駐車場までくると残っていたのは自分の車だけであった。 その先に駐車場に停められなかったのであろう最後に午の背のところですれ違った2人組と思われる車も停まっていた。 15時56分に下山。 荷物を片付けて16時15分車を出発させる。途中道の駅「漢学の里しただ」で土産を買おうと思ったが、残念ながら15時に閉店してしまったようであった。 仕方がないのでそのまま三条市内まで車を走らせる。ナビの示す通りに吉野家三条店を目指すが途中でクリエイトドラッグで酒を購入イオンで米を購入した。 吉野家はドライブスルーだったので牛丼の並をテイクアウトで買う。 そこから高速に乗って谷川岳パーキングエリアで日没を迎えて、19時そこで休憩しながら夕食を食べる。ここから関越道練馬へ向かう。高速道路はほとんど渋滞していなかった。 22時20分に家に到着した。満を持して登った粟ヶ岳残雪期登山はこうして終了した。
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年に一度残雪期の山に登ってみたくなる。去年はバックカントリースキーを持って横手山に行ったが今年は4月に入ってからの粟ヶ岳であった。 雪崩や融雪の心配もあるが、やはり残雪期の山というのはすがすがしい景色である。粟ヶ岳岳はこれまでどの季節に行こうかと思っていたが、結果としてこの春の時期に訪れたのは大正解だったかもしれない。自分がかつて登った飯豊や守門岳を眺めることができたのも当時の楽しい思い出を振り返ることができて満足の登山であった。
(2025年4月記) |
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