日本山歩日記 本文へジャンプ

武尊山

武尊山

基本情報
1 山名 武尊山(ほたかやま)
標高 2,158m
山域 越後山脈
都道府県 群馬県
位置 N36.48.18/ E139.07.57 
地図 昭文社 山と高原地図16「谷川岳・苗場山・武尊山」
2万5千分の1地図「鎌田」
20万分の1地勢図「日光」
7 山岳区分 日本百名山・関東百名山
登山記録
山歩No 1390-10023
登山日 2010年09月25 日(土)
歩程 5時間35分
天候 曇り
形態 夜行1泊(民宿)
アプローチ 関越自動車道水上ICから県道264号武尊神社へ
パーティー 3人

2010年の9月25日土曜日。 関西から来るY.I氏、Y.T氏、M.S氏の3人と合流して、日本百名山のひとつである上州武尊山に登ることになった。この山には2004年の6月に登っている。このときは、やはり関西からK.M氏がきて、武蔵新城の駅で待ち合わせて車で皇海山キャンプの森に前泊して、皇海山と上州武尊山の両方に一日ずつ登った。 これは、K.M氏の日本百名山トライアルのためであったが、私自身関東地方に住んでいたものの、両方とも登っていない山だったので同行した。 今回も、Y.I氏はすでに前の年に百名山をすべて登っているので、Y.Tさんと、M.Sさんのサポートというおつもりだ。。

夜行バス池袋発

09/24(金)朝8:07の電車で出勤。 山の荷物はすでに前の日にすべて運び込んでいたので、昔使っていたかばんに必要なものだけつめていく。17時に会計事務所のマネージャーが海外勤務になるということであいさつに来社された。懸案事項の話しあいをしたあと18時から。送別会。21時にまでいたがその後東口のスタンドバで2次会。 22時すぎたので失礼して、会社に戻りあわてて着替えて(着替えが中途半端で、ベルトは忘れるは、山シャツは着なかったわでさんざんだった。)23:10に池袋についてタクシーの運転手に高速バスの場所を聞いて、行ってみたら、ちょうど新潟行き三台が入線するところだった。 4人がけだったのでせまかった、アルコールが手伝ったこともありバスに乗ってすぐ寝てしまった。

武尊神社より歩き出し

2010.09.25(土)
越後湯沢のバス停で仮眠。 朝4:20にY.Iさんからの電話で起こされる。 夜中、バス乗り場の小屋に入ってエアマットを膨らましてシュラフを広げて寝ていたときには確か小屋の電気はついていたはずだったが、いつのまにか消えていた。 エアマットの片付けもそこそこにY.Iさんの車に乗り込んで、上州武尊にむけて出発。 途中、コンビニによって、お茶と昼食のおにぎりを買う。 6:00くらいに武尊神社から奥にははいったところにある10台ほどのスペースに車を停めることができた。 富山ナンバーのご夫婦が支度をしてでかけていった。コースは前回は川場野営場に車を停めて前武尊経由で頂上を目指すコースをとったが、今回は武尊神社からさらに10分ほど入ったところに車を停めた。ここはエアリアの地図では10台くらいしか駐車できないことになっている。 われわれは運よく停めることができた。 M.Sさんは体調が優れないので車の中で待っているということになった。 せっかくここまできたが残念。 6:47に歩き出し。 道は、よく踏まれたのぼりやすい道。 山シャツを忘れたのでY.Iさんが防寒具を貸してくれた。

手小沢避難小屋

 最初の15分は武尊沢に沿ってあがる林道だったが、右手に剣ヶ峰との分岐を分けると山道をジグザグにあがる少し険しい道となってきた。30分も歩くとが暑くなったので防寒着をリュックにしまう。そうこうしているうちに、Y.IさんとY.Tさんは見えなくなってしまった。お二人とも健脚である。  ゆっくりと自分のペースで登る。 7:18に手小屋沢の避難小屋へとおりる分岐に到着。 ここからは稜線づたいのゆったりとした道だ。 途中7:40に標高1750の地点で休憩。 日差しはなく、休んでいると肌寒くも感じる。 。 

鎖場

 道はしだいに急登になり、やがて、2箇所の鎖場を通ることになる。 迫力のある鎖場だ。 2つ目を登るところで、富山のご夫婦に追いついた。 すぐ前にお一人登山者がいますよ、とY.Tさんがすぐ前にいることを教えてくれた。 鎖場の岩をあがったところでY.Iさんも待っていた。 そこからはいっしょになって山頂を目指す。 

武尊山山頂

 9:22山頂到着。 地図には360度の大展望と書かれているが残念ながら今日は視界はない。 Y.Tさんからソーセージをいただいておにぎりとお茶をわかして飲む。 9:50下山開始。当初は、剣ヶ峰を回って、武尊沢に下りる周遊コースを取る案も出されていたが、くだり結構急な箇所があるらしいので、もときた道を引き返すことにした。

下山ー往路を通る。

 だけかんばの林の中を3人でよもやま話に花を咲かせながらゆっくり下山する。10:30鎖場を通過。 くだりで使うと下が見えるのでなかなかこわいというのが本音だ。結果として雨が降らなかったので岩場はぬれてはいない。 しかしながら、足を置く木の根は水を吸ったコケがあって気をつけないと滑りそうだ。 下りはあまり展望のない尾根筋を淡々とおりる。 傾斜はさほど急ではないので負担がかからず助かる。 途中で白いきのこがあったので、「きのこ地蔵」などと勝手に名前をつけて写真をとって楽しんだりする。   11:14手小屋沢避難小屋分岐。ここで6分ほど休憩する。一気におりてきたので、みな少し息が上がっているが快調なペースである。 

無事駐車場到着

 11:22上の原登山口分岐。この道をまっすぐ降りると宝台樹山のスキー場の方面に出ることができる。 ここも昔からの登山道である。 ここからは少し急な下り。 稜線を離れて下るころには、空に晴れ間が見え出した。 天気は回復基調なので明日の巻機山では展望が期待できそうである。  12:07小沢を通過。手を浸してみて水の冷たさを確かめる。 12:24には下の駐車場におりてきた。 腹が痛いから登らないといって一人で車で休んでいたM.Sさんも、もう顔が元気になっていた。4時間以上もずっと車で待っているのは退屈だったろうと聞くと、結構よく眠れたのでそうでもなかったそうだ。 後からやってきた登山客から車上荒らしではないかというような目で見られるのがつらかったようであるが。。 

裏見の滝から見た武尊山

帰りはもう、天気が回復していたので、武尊神社をでて裏見の滝の駐車場あたりで一旦車を停めて振り返ってみる。 南西の方角の青空の下に今登って来た武尊山の姿がよく見えた。
 再び県道を藤原湖・利根川沿いに走って高速の水上ICまで、そこから関越トンネルを越えて六日町ICで下りて、清水街道を南に向かう。 空はすっかり晴れ上がって明日の登山を楽しみなものにしてくれた。田畑の中の道はやがて農道となりナビの示すとおりに清水の集落を目指す。

民宿「雲天」

 民宿「雲天」は比較的すぐにわかった。 宿のおばちゃんに言われて車を停めなおして、1Fの部屋に案内される。 この民宿、つくりは古いが建物の高さはかなりある。 冬場に2mも積雪がある地方だから、1階部分が、ほぼ普通に家の2階に相当している。我々の部屋は階段を下りていったので、その意味では地下の部屋だろう。 結構な泊り客があるようである。 きのう夜行できた自分も含め他の人も車中宿泊でお疲れのようである。  ゴルフのトーナメントをみてゆるりとしていたあと16時前から風呂に入る。 ●毛が浴槽にのこっとるなどとY.Tさんたちは笑っていた。 風呂からあがって散歩して、宿のまわりの写真を撮る。 

自慢のきのこ料理の夕食

熊の剥製の写真をとったりしたあと少し仮眠し、18時から夕食。 きのこ料理がおしかった。日本酒も八海山の一升瓶がテーブルにいてあり、きのこ・山菜はもちろん、岩魚などの惣菜と抜群にあう。 ビールはセルフサービスで宿の玄関から出たところにある大きな冷蔵庫から持ってくる。ただ、冷蔵庫に近づくためには、大きなシェパードの前を通らねばならないので少し八海山でご機嫌になっている目が覚めた。いくら飲んだか特に宿の側がビール瓶の数を数えているようでもないどんぶりな会計だった。  亀田大毅のボクシングを見て20:30就寝。


上州武尊岳は2回目のトライながらほぼ前回と同じような天気となってしまった。 距離的には真北に至仏山が見えるはずなので、残雪期に展望に恵まれるときれいではないだろうか。
山の宿「雲天」はぜひお勧めである。パンフレットのよれば「どっしりとした建物は明治15年に建てられた六日町の庄屋・廣田邸を移築したもの」とある。 料理も絶品である。

(2011年12月 記)

 日本山歩日記WEBトップ
地図の引用画像は国土地理院発行の数値地図50000(地図画像)と数値地図50mメッシュ(標高)を利用しています。(この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。承認番号  平13総使、第301号)
登山ルートの俯瞰図は、DAN杉本氏の開発したソフトウエア「カシミール3D」にて作成しています