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基本情報
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山名 |
毛無山(けなしやま) |
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標高 |
1964m (一等三角点1941m) |
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山域 |
天子山地 |
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都道府県 |
山梨県・静岡県 |
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位置 |
N35.24.57/ E138.32.38 |
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地図 |
昭文社 山と高原地図31 「富士山 御坂・愛鷹」
2万5千分の1地図「人穴」
20万分の1地勢図「甲府」 |
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山岳区分 |
日本二百名山・甲信越百名山・一等三角点百名山・山梨百名山 |
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登山記録
山歩No |
2480-13005
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登山日 |
2013年2月10 日(日) |
歩程 |
7時間50分 |
天候 |
快晴 |
形態 |
日帰り |
アプローチ |
東名高速道富士ICより西富士自動車道路北山ICより国道139号線朝霧高原 |
パーティー |
1人 |
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1月の不老山が40代で最後に登った山であった。人生の後半世紀に入るのでなるほど縁起のいい山の名前であろうと我ながら思った。 さて、50代になってどの山からスタートしようか? 不老ときたら普通は不死と続くわけであるが、さすがにこの時期に不死(富士)山に登るのは自分の雪山技術を考えればそれこそ自殺行為であろう。 不老山から見た富士山がきれいだったので、今回も冬富士山が眺められる山がいいと思った。 湯ノ丸山や笠ヶ岳の山スキー登山決行を先送りして、二百名山・山梨百名山である毛無山を目指すことにした。 昨年(2012年)の11月に笹ヶ峰に登って以来の二百名山である。 首都圏から日帰りで行ける上にアイゼンをつけての雪山歩きの訓練としても手ごろである。 |
西富士有料道路
2013年2月10日(日)朝4:33にセットしておいた目覚ましで起きる。 さっと着替えて出発、4:55。 途中のガソリンスタンドのセルフで給油をして、まだ早朝で渋滞もない東名高速に乗ってそのまま一気に走る。 6時、そろそろ白んできたころに足柄SAに到着。 建物は工事中で仮設のトイレを使うことになった。 建物の東側の側道から本線に出て再び高速を西へ。 御殿場JCTから新東名に行く車と分かれて2車線になった東名を走る。 右手に見える富士山は真っ白だった。富士ICから高速を下りて西富士有料道路に入る。 しばらくは自動車専用道だが、やがて街道脇に商店が並ぶ富士宮の市街地に入った。 そこから富士山の写真を1枚撮影。国道139号は北行きは二車線の道路で快適。 朝なので走っている車も少ない。 山梨との県境は凍結の惧れありとの札が立っていた。 まあ、朝霧高原まではあと10kmほどなので大丈夫であろう。 |
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朝霧高原駐車場
7時にナビの示すとおりに北西に伸びる道に入り、7:17に毛無山登山者用駐車場に到着。 ここはキャンプ場か放牧地かのような平坦な広場の一角を10台ほど停められるように鎖で囲って区画してある場所である。 自分が着く直前に、福井ナンバーの単独行の男性が到着して、いそいそと支度をして出かけていった。 自分は朝食におにぎりを食べて、西の上の方に見えている稜線をにらみながら、ピッケルを持っていくかどうかを考える。 迷ったが、気温も平地で12度まで上がるという予報なので登山道の凍結のリスクは低いと判断し、ピッケルは置いていく。 山スキー用のストックだけザックにくくりつけて7:43出発。 |
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麓山の家
そこからまったりと車道を麓山の家まで歩く。麓山の家は林間学校などで使われる公立の施設か? もちろん、シーズンオフの早朝なので閉鎖されていたが、裏手にはキャンプの炊事施設も見られた。 軒先には既にうっすらと残雪があり、さすがに都内にも雪を運んだ1/14と2/6の降雪の名残をとどめているようだった。 朝霧キャンプ場との三叉路にはきれいな公衆トイレが設置されてあったので利用させてもらった。 さすがに標高840mで凍結が予想されるからか、便器には水が少しずつ流れたままである。毛無山登山口と表記された看板のある工事会社の前を通りゆるい坂をあがっていく。 右手にはりっぱな茅葺の門を持つ民家もありなかなか風情のある集落だ。 |
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金山跡
細い車道をあがりきったところが土の広場になっておりこちらが毛無山登山者用の有料駐車場だった。 キャンプ場のふもとっぱらが経営しているもので料金は一日500円だ。入り口の備え付けの箱に入っている封筒に料金を入れて日付・車のナンバーを入れて投函しておくという仕組みだ。 もうすでに8台ほどがここに停まっておりさらに2台が入ってきていた。 季節のいい時期だったら早い時間に満車になってしまうだろう。 ここから林道となる。 すぐに麓の社という札があり、神社の祠が現れる。 安全登山を祈願して進む。 神社の横には、ここがかつて金山だったことを物語る古い粉砕機が風雪にさらされながら飾ってある。 キャンプをしにやってきた子供たちによい歴史の勉強になる。
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登山開始--不動の滝
いったん谷筋に近づいて石がごろごろした涸れた沢を渡るといよいよ登山道の開始である。 すぐに、毛無山を直登する南東稜コースと地蔵峠を経由するコースとの分岐になる。 当初計画どおり南東稜を登り地蔵峠経由でここに下りてくる周遊コースをとることにしよう。何しろ麓から標高差1100mあるので今日は長丁場である。 歩き出してすぐに急坂となりほどなく一合目の標識がある。 8:28。車道歩きも含めてほぼ45分歩いたことになる。 少しづついいペースになってきたのでそのまま進む。 滝まであと15分という標識が出てから岩のある道をロープにつかまって歩く急登になる。 8:42に二合目。ダウンジャケットを着ているので少し暑くなってきた。 とりあえずマフラーはザックにしまう。 二合目の標識から稜線にあがると不動の滝の滝見台になっていた。 8:43ここで初めて休憩。 沢を挟んだ反対側に水量の少ない滝が見える。 ハイドレーションに入れた水を飲んで写真を撮る。 先ほど1合目過ぎで追い抜いてきた関西弁の男性3人組もあがってきてベンチで休んでいる。 大阪から来たのであろうか? 先ほど自分の前にいた車も福井ナンバーだったが結構全国的に人気の山なのかもしれない。8:50歩き出し。 道は再び落ち葉を縫った急な登りとなる。9:05三合目通過。9:20に四合目。 このあたりから南面でないルートには残雪が目立つようになってきた。 標高は1200m。
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レスキューポイント
9:26に樹林を抜けると雪に覆われた広場になっていた。 ここにレスキューポイントと書かれた札があった。周りの樹林が疎になっているのでヘリがホバリングできるようだ。 自力登山・下山できなくなった場合にここで非常電話をかけるという手はずなのだろう。 ここですれ違った男女2人組は足早に下山していった。 いったい何時から登っているのだろう。 それともそもそも毛無山山頂に行っていないのであろうか? レスキューポイントを出て10分、切り立った斜面に五合目の札を見る。 休憩するには狭いがここで休むことにする。日焼け止めを塗り、プルーンを食べ、水を飲む。 そろそろ道も雪がびっしりついているのでアイゼンをはいてスパッツをつけることにした。 |
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六合目
そんな作業をしているおりに、傾斜があったせいか、ハイドレーションの水タンクが斜面を滑って落ちていってしまった。 ずるずると3-4m落ちて停まったが、持ち上げてみると、岩角か木にぶつかったのか、下のほうから少し水が漏れている。 やれやれ弱った。 ひっくり返すと水は出ないのでそのまま逆立ち状態でザックに入れて持っていくことにした。9;54出発。雪を踏みしめて進んでいたがすぐに南向きの稜線になったので意外に雪がついていない道になってしまった。 しまった。5合目でアイゼンをはいたのは早すぎたか? 露出した石を通過するときにアイゼンの歯をつぶさないように気をつけながらゆっくり進む。 10:11に六合目通過。 このあたりでやっと道も周りにしっかり雪がついた姿となってくれる。 10:23頭上を突如、大きな鳥が横切ったように感じた。 見ると、上をパラグライダーが飛んでいる。 おどろきである。 いったいどこからどこへ飛行しているのだろう。今日は天気がよく空も真っ青なのでさぞ気持ちがいいことだろう。 10:28に七合目通過。 10:46に八合目に到着。 ここで少し水分を補給して4分だけ立ったまま休んだ。ルート上にはもうびっしりと雪がついている。 左手には隣の山が見えるがもうずいぶんと標高が高くなっているので地蔵峠と思われるあたりは自分よりも低いところに見える。
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富士山展望台
11:07に前を歩いていると単独行の男性が景色を見ながら休んでいる。 どうやらここが富士山展望台のようだ。男性は気を利かせて私が近づくと場所を開けてくれた。 この展望台は、樹林の中から東に岩が張り出していて富士山が手にとるように見える。 岩場は狭くて2-3人座ると一杯になってしまうので長居はできないが、幸い他に登山者がいなかったので、リュックを岩の手前の木の間に下ろして数枚の富士山ショットを撮ることができた。 2-3分で後ろから来たカップルの登山者が追いついてきたので場所を開けてあげて自分は出発。 ここからは木々に覆われた一番高いところが見える。 相変わらずの急登であるが上が見えているのはゴールがわかって張り合いがある。 11:16に九合目通過。あともう踏ん張りだ。11:19に平たいところに出た。 ここが地蔵峠・下部温泉からの道との分岐だ。 看板があって、地蔵峠経由で麓に下りる下山道は増水時には徒渉ができず通行不可だと書かれている。 今日は冬場なので大丈夫であろう。 |
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毛無山山頂
道は分岐から北北東に向きを変えて緩やかな稜線となる。 10分ほど歩くと先から人の話し声が聞こえてきた。11:30毛無山山頂到着。 東側は素晴らしい富士山の眺めである。 山頂は広くて20-30人は余裕で休める。西側の展望がないが、山座同定できるように四角の山名盤があった。 肝心の一等三角点は雪の下に埋もれているが、木でできた杭があるのでそれにタッチして三角点登頂の記念とする。 先に進む雨ヶ岳への縦走コースはやぶが多く経験者と注意して進むことという注意書きの看板があった。 水を飲んで休憩した後360度展望VTRを撮って11:43にタカデッキ山へ向けて出発。しばらく樹林の中をほぼフラットに進む。結構、足跡があるので歩いている人も多いようだ。すぐに右手が開けて再び富士山の姿がきれいに見える。 どうもこの山稜は東側が切り立っていて木が少なく富士山の眺めがいいようだ。 富士山のずっと手前に再びパラグライダーが2-3機見えた。踏み跡は稜線をたどってはいるが、途中、結構やぶになっていてる。これでは夏場に通過する困難は推して知るべしである。しばらく進むとゆるい登りになって、道が大きく左に曲がっているところがあった。 毛無山を差す道標がある。 おそらくここが大見岳であろう。 |
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タカデッキ山を目指す
さて。ここからが問題だった。 稜線は北西へと続いている。 必然的に陽の当たらないところなので残雪の多さが顕著になってきた。 おまけに、毛無山から足を延ばした人も毛無山の最高地点(1964m)または大見岳まででそこからはもう先に進んでいないようだ。 かろうじて1人か2人程度の踏みあとがある程度だ。 20分ほど進んで最低鞍部に降りるところでは、雪は膝下まで来るくらいになって結構足を取られるほどになってしまった。 もちろんワカンやスノーシューなんてものは持っていない。 そのまま進むしかない。 左手に南アルプスの白い山嶺がチラチラと見えてはいるのだが、樹林に阻まれていてきれいには見えていない。 タカデッキ山の山頂まで行けなくともせめて何とか南アルプスの写真が撮れるところまでは行きたいものである。 タカデッキ山は標高1921mであり、毛無山最高峰からは43mも低いところなのでさほど大したこともないだろうと思っていたが、結構判断が甘かった。 最低鞍部まで下ると雪の深さは20㎝ほどまでと少し少なくなったが、とうとうここで踏みあとが消えていた。 これ以上先には少なくとも一週間前の積雪以降誰も入っていないのだ。自分が笹の上の新雪にステップをつけながら林の中を登って行った。
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南アルプス展望台
12時半を回りそろそろお腹もすいてきた。 ここがタカデッキ山の山頂だと思った平坦なところを超えたが残念ながらさらに登りは続いていた。 ただ尾根を回り込むと、突然左手にそれまでずっと視界を遮っていた樹林が消えて熊笹の草原となった。 そしてその向こうにまごうことなき南アルプスの白き頂の山々が目に飛び込んできた。 その鮮やかさは壮観だった。 12:45この南アルプス大展望地で昼食を摂るべくザックをおろして休憩。 雪を均して平坦にし、持ってきたシートを引いて、さっそくノンアルコール・ビールとあけて南アルプスに向かって乾杯だ。チーズをほおばりながら喉を鳴らしてノンアルコールビールをかき込む。 今日は、天気がよく歩いていると暑いくらいなので普段味気なさを感じているこの飲料もスカっと爽やかだ、雪の上でEPIに火をつけたが風もないのですぐに湯が沸いてカップラーメンをつくる。 と、その時、タカデッキ山の方で人の声がしたかと思うと中高年の3人組(男性1人と女性2人)が降りてきた。 いやはやびっくりした。雨ヶ岳方面からラッセルして毛無山を目指していた人がいたとは驚きだ。 名刺をいただいた男性は岐阜市のFさん。 朝5時半から登り始めてこのラッセルでどうにも時間を食ってしまい日没までに毛無山を越えて下山できるか不安になっていたご様子。 ここで初めて私にあって他に登山者がいることを知って心細さが消えたようで、元気に毛無山へと歩いて行かれた。 また一人になってラーメンをすすって、再び南アルプスを向いてシャッターを押す。 甲斐駒から仙丈ケ岳。 一番高くてピラミダルなのが北岳。 間ノ岳から農鳥山までの稜線はくっきりと見える。 そこから南に少し離れて塩見岳と蝙蝠岳の尖ったピークが見える。 どーんと落ちてまた上がったところが荒川三山とどっしりした山容の赤石岳。 まったく飽きない眺めだ。 13:14に荷物をパッキングして毛無山に向けて引き返す。 タカデッキ山の山頂を踏めないのは少し心残りではあるが、毛無山から地蔵峠経由で下山することを考えると3時間程度の時間は見ておく必要があるので、この時間になると往復30分の山頂アタックも場合によると命取りになるかもしれない。 潔く、元来た道を戻る。 幸い、先ほどの3人組が私のトレースをしっかり踏み固めてくれていたので、来るときに想像したほどラッセルに苦しめられることもなく大見山への斜面をあがることができた。 |
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大見山への登りと樹氷
逆光にはなるが樹氷の大見山の写真を撮ることができた。青い空にコントラストを作る樹氷がきれいで何度か立ち止まって写真を撮った。左手の富士山には灰色の雪雲がかかり始めていた。 もう富士山の姿は見納めかもしれない。 14:01に大見山を越えて、14:20に毛無山の山頂に到着した。山頂は先ほどの3人組の方がいて休んでいた。 富士山の姿をバックに写真を撮ることができなかったのをとても残念がっておられた。ただ、雨ヶ岳からタカデッキ山を越えてくる間、南アルプスの眺めは堪能されたということでうらやましい限りである。他に単独行の方も山頂にいたが皆下山していったので、山頂でたった一人になった。 まあ、歩くのが遅い自分にはよくあるシチュエーションである。 快晴無風、気持ちの良い午後なので一人で山頂をぐるっと散歩してみた。 思索にふけるにはうってつけの場所である。 14:30名残は尽きないが、日没までに下山というプレッシャーもあるので山頂を後にする。
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地蔵峠
14:38に麓からの直登ルートと地蔵峠・下部温泉方面の分岐に到着。 地図を出して道が間違いないか確認する。 地蔵峠に向けて出発。 道は丸山まではゆるやかな下りとゆるやかな登りの交叉で、あまり標高を下げない。 ルートは南西の稜線をたどるが14:58丸山1880mからは方向を南に変えて一気に標高を下げていった。 南面だということもあり幸い雪は日陰を除いてだいぶ融けていたが、逆にアイゼンが岩を踏んだりもしてちょっとストレスのたまる下り道であった。短い距離の間に標高を340m下げて、ついに岩の上から樹林の頭を越えたところに出た。 ここがまた別の富士山展望台である。 先ほど雪雲にかかって見えなくなっていた富士山は、また再びその全容を見せてくれていた。 15:22地蔵峠に到着。 ここも樹林が切れて富士山の姿がきれに見える。 標高が下がっているので朝富士山展望台から見たものよりも少し下から見上げるような構図になってこれはこれでなかなかよい。 15:30出発。 15:38にいわゆる本当の地蔵峠、雪見岳方面への縦走路と、麓への下山路、下部温泉への下山路とに分かれる道があった。 ここまででほとんど雪はなくなっていたが、アイゼンをはずさなかったのは正解であった。 峠から麓に降りるコースは真東に谷筋についており、尾根の影でまったく日が当たらないので残雪がしっかり残っていた。 おまけに出だしは結構急傾斜。 両手のポールをうまく使いながら慎重に降りていく。 やがて傾斜は少し緩やかになり、小さな沢にたどりついた。 ここが水場だ。 せっかくなので喉を潤す。 水場を出てしばらくは金山沢沿いに進むがやがて谷の底部を離れて一つ支尾根を越えて杣道を進むようになる。 途中落石注意のロープが渡されているところがあり、注意してわたる。 標高1300mくらいで雪もほとんど消えてきたのでアイゼンをはずす。 外すと急に足が軽くなった気がした。
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下山-日没の赤富士
小さな沢を2度ほど渡渉して林の中を進んでいく。 行く手には富士山の上部が姿を見せている。下り切ると比丘尼の滝があり、疲れた下山に目を休ませてくれた。 最後に、ここが増水したら通行できないといっていた場所だなと思われる中規模の沢の渡渉を水量が少ないので難なく切り抜けて、朝いちばんの直登コースと地蔵峠コースの分岐にたどりついた。麓の社に安全下山できたことの御礼に参って再び公衆トイレを使った後、てくてく歩いて駐車場に戻った。 最後に日没直後の赤富士を朝霧高原をバックに撮影することができた。 いつものように、駐車場にはもう自分の車しかなかった。 西富士有料道路と東名高速という往路と同じ道で帰る。 3連休の中日ということもあり東名の登りも30㎞の渋滞を記していたが、まあ想定の範囲内といえるだろう。20:50に自宅に帰りつくことができた。
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天気に恵まれて会心の展望を楽しむことができた。普段見ない西側からの富士山の絵、そしてその近さ、大きさに圧倒された。登山者は多いようで、毛無山から先のタカデッキ山への銃走路はほとんど誰もいないという後半静かな山旅だった。 帰ってきてから毛無山という名前が少しひっかかった。 自分の家系は代々頭髪が薄い。 毛無山という名前はちょっと縁起が悪かったかなという懸念も沸きあがった。 山自体は素晴らしいことに変わりはないが。 まあ、「けがなし」というのは今後の安全登山を約束するものだと前向きに考えておこう。 目に焼き付けた不死(富士)山の姿もあって忘れられない50代最初の登山となった。
(2013年2月 記) |
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