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御神楽岳
御神楽岳

基本情報
1 山名 御神楽岳(みかぐらだけ)
標高 1387m(二等三角点) 
山域 越後山脈
都道府県 新潟県
位置 N37.31.19/ E139.25.33 
地図 昭文社 山と高原地図15「越後三山」
2万5千分の1地図「御神楽岳」
20万分の1地勢図「新潟」
7 山岳区分 日本二百名山、甲信越百名山
登山記録
山歩No 2230-21021
登山日 2021年10月10日(日)
歩程 8時間35分
天候 快晴
形態 日帰り
アプローチ 磐越自動車道津川ICより国道49号県道227号
パーティー 1人

日本二百名山には簡単には登れない山がある。 福島県との県境に近い新潟県にある御神楽岳もその一つであった。 昭文社の山歩きナビ「日本二百名山を登る」にも八海山やカムエク山とならんで熟達者向けのコースでこの御神楽岳が紹介されている。 御神楽岳には福島県側から登るルートと新潟県側から登るルートとがあるが、福島県側からは林道が通行止めとなっているらしい。 新潟県側からのコースは2つあり、ひとつがガイドブックにでている榮太郎新道といわれる、蝉ヶ平登山口から湯沢の頭を超えていく北から攻める岩稜ルート、 もうひとつが廃道化していたルートを1997に復活整備した室谷コースである。 後者の方が、ブナ林の中の危険個所がないコースで一般登山道だが、前者はエアリアマップ破線ルートの上級者コースである。 通常の選択なら一般コースを選ぶべきなのだが、下越の谷川岳といわれる山伏尾根ドームと紅葉のコントラストを見たいという気持ちがどうしても抑えられず、 この上級者コースでYAMAPの計画書を作成した。

那須高原SA

2021年10月9日(土) 本来であれば月曜日が体育の日で三連休となるはずの週末であったが、東京オリンピックの影響で体育の日の祝日を7月に先食いしてしまったので、普通の土日休みとなってしまった。午後3時に家を出る。 新潟の山に行くときはだいたいこのパターンである。 土曜日は移動と車中泊、日曜朝から登って日曜深夜に帰るというパターンである。 土曜日の天気は曇りであるが予報では新潟県も翌日日曜は天気がよさそうである。 あまり混雑していない東北自動車道をひたすら進む。 今日は片道370kmのドライブである。 那須高原SAでカレーを夕食に食べた。

御神楽温泉あすなろ荘

21時、蝉ヶ平の登山口の駐車場まであと8㎞というところまできた。携帯の電波の入らないところに泊まるよりは、登山口の手前で車中泊をしようと思っていたところ、御神楽温泉あすなろ荘が休業中でその駐車場に停めることができた。 (あとでウェブサイトをみたところ、2020年5月で営業を終了したようである。 コロナ感染症の被害者がここにもいた。)水もトイレも使えなかったが街灯があったのでまだ気持ちの上では安心だった。 前月、 神室山にいったときは携帯の圏外の登山口にたったひとりで車中泊して心細かったものである。 夕食はSAで済ませているので、津川IC近くのセブンイレブンで購入したつまみと日本酒でひとり乾杯をして23時に就寝。


蝉ヶ平登山口

2021年10月10日(日)朝5:45起床。 5:00に目覚ましをセットしていたつもりであったが、鳴っていないのだろうか? 最近、日本酒飲み過ぎ、寝坊して歩き出しが遅い、がパターンとなっているようである。 あすなろ荘の駐車場前をすっと通過していく車が2台、おそらく御神楽岳に登山する人の車であろう。登山口の駐車場は5-6台しか駐車スペースがないので競争率が高い。 あわてて支度もそこそこに車を走らせる。 山の神の祠を過ぎてからは未舗装の道路、 幸いひどい落石は少ない。 6:20に駐車場到着。 4番目であったので、普通に駐車することができた。 湯を沸かしてカップそばを食べ、昼食のアルファ米をセット。 行動を機敏にするためにトレランに使っている13L の軽量リュックで7:20出発。


難所 第二渡渉点 通過

駐車場から蝉ヶ平登山口まで10分程度。 林道終点の登山口に登山届を提出するポストがあった。届は印刷物でつくってこなかったので、ノートに行動記録を書いて出発。 自分より2-3人の人がすでに登山を開始していると思われる。 やがて30分ほどで一人の下山者とすれ違う。 この時間に下山してきたとは考えにくいので、きっと車に忘れ物をとりに帰ったのであろう。ここから湯沢の出合までは沢沿いの比較的傾斜が緩やかなコースである。 とはいうもののいきなり崖っぷちのようなところを歩く場所もある。 さすがに上級者コースである。7:44炭焼小屋跡に到着、 3人の遭難者の慰霊碑がある。 8:00第一渡渉地点通過、 いきなりルートがわかりにくかったが、気づいて修正する。 8:10第二渡渉地点到着。 ロープが張ってあるのだが、足元がつるつると滑って結構怖い。 


湯沢出合

第三渡渉点を過ぎたところでは踏み跡を間違えておかしな斜面を登ってしまった。 後ろから来ていたザイルをかついだ2人組が、あれ、こっちじゃあないよといって正しい道に戻してくれた。 第三渡渉点を渡ってから比較的平坦な沢沿いの道を進む。 8:40、湯沢出会まであと5分の標識が現れる。 出合に到着したら思っていたイメージとだいぶ違う、単なる沢の合流地点だった。 少し休憩する。 さきほどの2人組の話声がするが、あの人達は、登山道からピークを目指すのではなく、沢登りをするようである。

 

大岩壁

湯沢出合を過ぎてから、結構急斜面の登り坂となる。 ロープに従って高度を稼いでいくような場面がある。 9:08稜線上に出たところで目を見張る景色が現れた。 山伏尾根からつづく大岩壁の絶景である。 いや、このコースを選択してよかった、とこのときは思った。そこから尾根伝いのやせた岩稜が続く。 鎖場が現れて2-3か所、ロッククライミングの要領でよじ登る。 ほっと一息ついたところで、今日最大の難所「蟻の門渡り」が現れた。 「蟻の門渡り」というのはどこかに書いてあるわけではなく、ガイドブックには「馬の背」という一般的な名前が使われているのだが、 両側が切れ落ちたその景観は自分にとっては戸隠山の「蟻の戸渡り」にそっくりに感じたのであえて自分の中でそういう呼称を使うことにした。 YAMAHACKではこの場所の通過は「尾根を手で持ち、尾根よりやや下に足場をとって通過するとよいでしょう。」と書いてあったので忠実にそのやり方で通過する。


高頭への登り

正面には高頭と呼ばれるピークがあるがこれはあくまで通過のピーク。 この登りが一番急登でつらいところである。 YAMAPではここでクマに遭遇された方ご記録があったので、あたりに気を配りながら慎重に進む。 クマ鈴は持ってきたつもりであったが、どこか見当たらなくなっていたので、金属製のコップをリュックの外側にぶらさげてクマ鈴替わりに時々音を出して進む。高頭を過ぎてからも細い尾根のアップダウン。両脇は切れ落ちており、気の抜けない道が続く。 思ったよりも時間がかかってしまっていたのでもしかしたら今日は御神楽岳に登れないかもしれないと半分あきらめモードになる。


湯沢の頭

湯沢の頭について休憩、そこまで隠れていた御神楽岳がどーんとその山容を表した。 コースタイムであと1時間強、なんとか行けるのではないかという気持ちが芽生えた。 計算してみると下山時刻は17:30、日没にはなっているが歩けない時間帯ではない。 よしここまで来たからには山頂まで頑張ろうと心に鞭を打つ。腹ごしらえのために昨夜コンビニで買ったカレーパンを食べる。

殺生窪

湯沢の頭からは稜線歩きになったが、やせた岩稜なので、通過に油断のできない場所が何か所かあった。 特に殺生窪と呼ばれているあたりは両側が切り立った状態で幅50cmほどの岩の上を歩かなければいけないのでスリルがありすぎるというのが本音である。最低鞍部を過ぎてからは、雨乞峰まで急な登りである。 草つきの道で岩に苔がついていて滑るのでいやでも草につかまるように登っていくことになる。 少し先の窪地で三人組の男性が休憩していた。 沢登りであがってきたとのことだった。たくましい。 もう13時近くなっていたので、彼らから「本当に山頂まで行くんですか?」、と聞かれてしまった。 最近の珍しくない登山者のしんがりのようである。

御神楽岳山頂到着

しんどい思いをこらえて13:07に雨乞峰に到着。 ここで室谷コースからの道と合流する。 合流してからは道が歩きやすくなった気がした。 やはり一般コースだということだろう。 13:25、ついに念願の御神楽岳到着である。 計画から遅れること約1時間である。 山頂からは360度の展望が広がっていた。 特に飯豊山の姿が美しかった。 自分が12月1日に登った二王子岳が目と鼻の先のように見えた。

下山開始

 南側に目をやると男体山と尾瀬の燧岳の姿が見えた。 西には上越の山が見えた。本当は持ってきたアルファ米を食べてゆっくりしたいところであったが時間がないので、アルファ米はお預けにして下山することにした。 山頂での滞在時間はわずか15分であった。山頂ですれ違った人はたった一人であった。下山のルートはここまで登ってきたルートでかつ快晴で視界もばっちりなので美しいほどの稜線美と高度感が楽しめる。


登山道の紅葉

 下山は往路を慎重に下る。 太陽が西に傾くと登山道の紅葉が光に映える。 湯沢のダイアモンドスラブを眼下に見ながら進む。 殺生窪は帰路のほうが怖かった。 そろそろ夕方になってクマがでないだろうかなどと考えながら高頭を下った。 馬の背の「蟻の門渡り」では、往路と同じように尾根を手で持って横移動している最中にスタンスをとっていた足場の岩がガラガラと音を立ててはがれて落ちた。危うく滑落するところであった。 結構岩がもろいようである。 ちょっとビビったがスタンスを踏みかえて通過完了。 ほっとして、次の鎖場の前で休憩してしまう。 このあたりで持ってきた2Lの水がほぼ底をついた。今日は気温が高かったということであろう。残りはテルモスに入った0.4mlのだけがたよりである。


鎖上から見る蟻の門渡り

あとは、湯沢へ向かったひたすら下る。 やせた稜線は足に負担が来るだけでなく、精神的にもかなりつらい。鎖場は登りよりも下りのほうが気を使う。 湯沢出合まで降りてきたときは17:06、 日没の5分前であった。 そこから沢沿いの道を進むのだが、仕方がないのでヘッドランプをつけてあるく。 途中、第3渡渉地点をすぎたところで踏み跡を見失ってしまった。 突如歩いている先の踏み跡がなくなってしまった。 いったいどこがルートだろうと探すのだが暗くてわからない。 YAMAPを開けて現在地を確認するがどうも同じようなところをうろうろしているだけである。 まずい、このまま朝までビバークか、という思いが脳裏をよぎる。月山で日没となり、行動をやめてビバークをしたことが脳裏をよぎる。 焦るほど自分のいる場所がわかなくなる。


蝉ヶ平登山口到着

思い切って自分がいる位置から川沿いの動いてみた。 なにか踏み跡のようなものを見つけた。 結局10分ほど俳諧して、ルートにまいてあるピンクテープを発見、無事に帰路をたどることができた。 クマの巣窟でビバークすることは避けることができた。 真っ暗なので転落したら命がない第一渡渉地点など相当恐ろしかったが、慎重に足場を見て、とはいいながら靴をぬらしてしまいながら、なんとか無事通過した。 最後の森を抜けて、登山届を提出する蝉ヶ平の登山口に降りてきたときにはよくぞ生きて戻ったと自分をほめてあげたかった。18:40、帰着は、計画より90分遅くなっていた。駐車場に残っている車は勿論自分の車だけであった。


運転手の味方 アサヒゼロ

ここから370㎞のドライブである。 あすなろ山荘まで意外と来るときに気づかなかった石があり気を使った通過するところがあるような気がした。 
津川インターのファミマでノンアルコールビールとファンタオレンジと三ツ矢サイダーを買い込む。 途中で飲み水が切れたこともあり、結構のどの渇きが半端ない。 県道227号を通って東北道までは30分かからず着いた。上河内SAで一度だけ休憩したが、渋滞時刻も終わってしまった東北道はすいすい進む。 首都高で渋滞の名所である3号渋谷線に入る大橋ジャンクションで自分の他に走っている車がいなかったことには正直驚いた。 、家に帰りついたら、24時半であった。 まあ、片道5時間だから仕方ないかもと割り切ることにした。三ツ矢サイダーだけ飲み残しが少しあった。


御神楽岳を一般コースから登るか、それとも上級者コースから登るかは大きな選択となった。 あえて上級者コースを選択してこうして無事に今記録を書いていることができているのも天気が安定していたことと、無理にスピードで通過をせず、ゆっくりゆっくり歩いたことが良かったのかもしれない。 YAMAPというアプリで見守り機能(友人のメールアドレスを指定しておけば、電波が入る状態ではスポットでのGPSから確認される位置情報を伝えてくれる)を活用したので、万一の遭難のときに友人に伝わるようになっていたというのも安心材料の一つかもしれない。 最後、駐車場まで40分のところで道に迷って徘徊してしまったのにはまいった。 やはり日没後はおいそれと歩かないことをお勧めする、今から12に年前に月山で予期せぬビバークに見舞われたことがあったが、その時のことを少し思い出したひやひや登山であった。 

(2021年10月 記)

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地図の引用画像は国土地理院発行の数値地図50000(地図画像)と数値地図50mメッシュ(標高)を利用しています。(この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。承認番号  平13総使、第301号)
登山ルートの俯瞰図は、DAN杉本氏の開発したソフトウエア「カシミール3D」にて作成しています