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秋田駒ヶ岳
秋田駒ヶ岳

基本情報
1 山名 秋田駒ヶ岳(あきたこまがたけ)
標高 1,637m
山域 奥羽山脈北部
都道府県 秋田県
位置 N39.45.39/ E140.47.57 
地図 昭文社 山と高原地図5「岩手山・八幡平・秋田駒」
2万5千分の1地図「秋田駒ヶ岳」
20万分の1地勢図「秋田」
7 山岳区分 日本二百名山・東北百名山・新花の百名山・一等三角点百名山
登山記録
山歩No 2130-12017
登山日 2012年4月30日(月)
歩程 5時間30分
天候
形態 日帰り(夜行3泊4日)
アプローチ JR田沢湖駅発乳頭温泉行きバス杉谷地下車
パーティー 1人

  秋田駒ヶ岳は思い入れのある峰だ。 2010年4月に八幡平を山スキーで横断したときに、後生掛温泉に宿泊。 翌日は田沢湖までバスで出てスキー場から秋田駒ヶ岳主脈の男岳・男女岳の登頂を試みたが、残念ながら、悪天のためスキー場リフト最上部で断念。ゲレンデを滑って遊んだあと天気が回復して晴れ上がった峰を見ながらスキー場を後にして新幹線で帰った。(八幡平参照)それから2年経った今回は、ゴールデンウイークの休日を活用して乳頭山からの単独縦走という大胆な企てをした。東京から夜行バスで田沢湖に入り、4月28日(土)はレンタカーで森吉山まで行って山スキーを堪能。その日のうちに乳頭温泉まで入って黒湯温泉に宿泊。4月29日(日)に苦労しながら乳頭山の登頂。 笊ヶ森を越えて八合目を目指したが笹森山からの下りで道を間違えてしまい、日没。 ハイマツの中でビバークすることになった。 

起床-笹森山

  4月30日(月)朝4:07起床。 鶯の「ホーホケキョ」という鳴き声に、夜が白みだしたのを知る。 ハイマツの間の笹地に寝て若干背中が痛かったが、思ったよりもぐっすり眠ったようだ。 途中で、ツエルトが自分の呼気で内側が濡れてシュラフにへばりつくのを直しに起きたの以外は途中で目を覚ますこともなかった。 夜の間、吹いていた風もいつものまにかほとんど無風となっており、ハイマツの上においたピッケルにつけた熊鈴がなることもなかった。 湯を沸かして、インスタントのマーボ茄子をつくり朝食をすませる。 ラジオで、今日関東・東海では天気がよくないものの、東北地方は引き続き晴天だと聞いて安心する。水が少ないので再び雪を融かして水をつくり1Lほどをポリタンクに入れて6:18出発。笹森山からの下りは、ルートの状態がよくわからないので、スキーは背中に担ぎ、アイゼンをはいて下ることにする。

八合目避難小屋

  昨日、西側の雪渓に入ってしまったところまで戻り思い切って東側の谷の上の雪渓上部まで出て、そこから笹の草付き沿いにゆるやかな尾根の最上部を歩くと果たして夏道と思われるルートがあった。 視界がいいので、八合目の小屋を目印に慎重に下るとやがて、谷を渡る踏み跡が見えた。 幸い、谷もまだ完全に雪に覆われて渡渉する必要もない。踏み跡に従い谷を越えて7:00に八合目の避難小屋に到着した。 小屋は1F部分も完全に雪から出ていた。 入り口の前に水道の蛇口があったが、残念ながら水は出なかった。 スキーも含めて荷物はおいて、食糧・防寒具・雨具・水・アイゼン・ピッケルの軽い装備にして7:20に八合目の小屋を出発。

浄土平-阿弥陀池避難小屋

 男女岳の北側斜面を周遊していくコースにも踏み跡はあるようだったが、下部の雪に亀裂が入っているように見えたので、あえてそのコースはとらず、焼森方面に稜線ずたいに上がるコースを取った。 先に歩いている人がいるようで新しい踏み跡が残っていた。 踏み跡は焼森のピークへは寄らず、北西取り付き部から直接浄土平を目指していた。8:00阿弥陀池の避難小屋が見えた。小屋の前に2人の登山者がいるのが見えた。 8:36避難小屋到着。 こちらも、八合目同様、1F部分も完全に雪から脱出しており、入り口から入ることができたので中に入ってみた。 きれいな小屋であった。 トイレを使わせてもらった。 ペーパーも備えられたトイレだった。 協力募金を入れて、小屋を出る。 9:00に小屋を出発。 そこからの道は完全に雪から出ていたので、アイゼンをはずして歩く。 

秋田駒ヶ岳(男女岳山頂)

 男女岳への登りは途中から雪がついていたが、既に踏み跡があるのでアイゼンはつけずにキックステップで着実に登っていく。 9:26男女岳の山頂に到着。三角点にタッチ。 山頂は無人だった。 さきほど、遠目に小屋の前にいたのが見えた2人組の登山者は、隣の男岳から降りてくるところが見えた。 山頂からの景色は、360度の展望だった。 ただ、雲はないのだが、黄砂の影響か、視界は透明度が低く、昨日に比べて岩手山・八幡平もぼんやりと霞んでいるように見えた。鳥海山は見えているがくっきりとしていなかった。 南方向に見える和賀岳・真昼岳方面は雪がついていたが、東方向の姫神山は雪はなかった。 山頂の西側には小さな湿原が見えた。 夏山時には見られないかもしれないが、雪が融けて小さな池をつくっていた。 夏は高山植物がきれいにちがいない。 南には男岳が勇壮な姿を見せていた。 標高差はここより15mほど低いだけなので、見る位置によっては男女岳と男岳の双耳峰に見えるのだろうか? 男岳の北側には横岳から焼森への縦走路が見えた。 阿弥陀池の周りは散策できる木道が敷かれている。 乾パンを食べて、セルフタイマーで写真を撮って9:52下山開始。

横岳への登り

下り始めてすぐ、一人の登山客とすれ違った。 人に会うのは乳頭山以来なので、ほぼ24時間ぶりというところか。 山スキーのお好きな方のようで、昨日は栗駒山に行っていたらしい。 相模原から来たといっていたのでご近所だ。 10:09に阿弥陀池の避難小屋に到着。10:15再びアイゼンをつけて小屋の裏手から、横岳を目指す。 そこはかなり雪がついた斜面になっていた。 踏み跡があり、かつ、途中2本の赤い旗竿があるので道ははっきりしている。稜線まで上がると東側にはまったく雪がついていなかった。 いったん西に夏道の分岐までいって現在地を確認し、それから東に進む。 横岳の山頂を通過。 ごつごつした火山らしい山容だ。 そこからひとくだりひとのぼりして焼森。  

焼森にて男女岳をバックに

 11:00に焼森の奥八ケルンで駒ヶ岳をバックに写真を撮る。 ここは火山性の砂礫がついていて、熱の吸収率が違うのだろうか。 ほとんど雪もついていない。 11:10焼森山頂出発。 急な下りを少し進むと、縦走路の湯森山へ行く道と八合目に行く道との分かれ道があった。 左手の八合目の下り道を進む。 最低部まで下ったところで夏道と別れ、踏み跡はもと来た稜線ルートに合流していたので踏み跡の通りそちらを進むことにした。 景色を堪能しながら、12:12に八合目到着。 小屋には地元のカップルの方がこれから登るところで準備をされていた。 小さなザックに軽快そうな靴で山慣れている方だという感じがした。 確かに歩き出したら歩き方も軽快だった。八合目の小屋の中に入ってみた。 夏場は登山基地となるだけあって、休憩所と売店をかねた施設だった。 登山情報に関する張り紙はどれも昨年のものだった。 カロリーメイトをかじり、荷物をまとめて12:47出発。  

八合目の下り

八合目からの下りは、最初、舗装道路に雪が降り積もったところを進み、半分以上うもれたカーブミラーを目印にしていたが、やがて竹ざおと赤テープがあることを知りそれにそって進む。 赤テープの方は登山者向けにあるのだろう。 スキーのトレースのあるところとは必ずしも一致していない場合があった。標高1150mくらいのところでバスの舗道は大きく南に回っているが、ここで除雪車が作業しているのが見えた。 というこうとは、この下はもはや車道に雪はないということだと判断し。車道を離れて樹林の中をすべることにした。実際にはもう少し車道を走って標高1000mくらいのところから田沢湖高原スキー場の上に出ないといけなかったのであるが、少し見切りが早かったようである。 本来のルートよりひとつ北側の尾根に入ってしまった。

片倉沢への滑りこみ-クマと遭遇

 すべる先に、そこそこにシュプールがあるので、キャットツアーで8合目まで来てこのルートを滑っている人もいるということであろう。 などと考えつつ、磁石で西北西に進んでいることを確認して滑り出した直後である。 「あっ、クマだ!」自分のすべり下りる音に気がついたのだろう、前を体調1mほどのクマが雪に埋まった沢筋を下流に向かって脱兎のごとく走って逃げている。その走る足取りはかなり速い。 クマがこんなに早く走れるなんで知らなかった。 相手が背中を見せて逃げているからだろうが、遭遇した恐怖感はなかった。 最大接近距離は40mくらいだろうか。 ただ、問題は、今、クマが逃げた方向に自分も滑り下りるしかないということだった。注意しながら時々立ち止まり、ストックをたたいて音を出しつつ沢筋を降りていった。それにしても長年山登りをしてこれまでずっとクマに出会うことがなかったのに、なんと、今月、2度もクマを目撃してしまった。 (前回は4月6日に岐阜県の鷲ヶ岳からの下山時)前回は、日没後の最もクマが行動している時間だったが、今回は、まったくの真昼間(13:45)。 しかも、登山道にもスキー場にもかなり近いところである。冬眠明けの残雪時期は以外に人里に近いところに出没するので要注意である。 

バス停杉谷地到着-田沢湖行きバス

下っていく沢筋に雪はまだ一面にあったが、一箇所大きな木の根元では自分の足の下が空洞になっており、横滑りしているときに崩壊して落ちてしまった。14:05、沢は本当に水がごうごうと流れる川に合流してしまった。 一旦、渡渉するが、対岸もさほど滑れないことを知り、またもとに戻る。 GPSで現在地を確認して片倉沢に入りこんでいることを知る。 片倉沢の右岸を通ると最後赤倉沢と合流するので、これはもはや渡渉不能となる可能性が高い。 沢の左岸からできるだけ尾根筋にでて乳頭温泉に向かう県道に出ようと決める。 最後は傾斜のゆるやかな植林地を切り株をさけながら下り。 14:43バス道路にたどりついた。 残念ながら、その時間はその日の宿である玉川温泉まで行くための接続最終バスの出発時刻であったので、予定のアルパコマクサにたどりついていない以上、バスには乗り遅れで本日中に玉川温泉に行くことはできない。板をしまって、歩きにくい兼用ブーツのまま車道を歩いた。

国民宿舎 田沢湖ロッジ

15:12、もよりのバス停「杉谷地」にたどりついた 。消耗した携帯のバッテリーを予備のものと交換して、玉川温泉に電話して今日の宿泊予約をキャンセル。 それから田沢湖観光協会に電話をして、今日空室がある民宿を紹介してもらう。 国民宿舎の田沢湖ロッジに電話をして宿泊予約。15:38にバスに乗り16:02公園入口で下車。 田沢湖ロッジにチェックインして部屋(214号室)で荷物を広げて17時から風呂に入る。 風呂を上がって夕食までの時間、田沢湖の湖畔を散歩した。 白浜で日没を見ながら1泊2日の縦走を思い出した。 夕食は、春らしい山菜を中心の豪華メニュー。 日本酒辛口秀吉を飲んで22時に就寝。

 下山後にクマの目撃情報を秋田駒ヶ岳登山情報センターがあるアルバコマクサに電話をして伝えた。 あまり、驚きもされなかったがあとでインターネットで見ると、なるほど、この近辺でたくさんのも目撃情報がある。 アルバコマクサには登山計画中も電話をして情報を教えていただいた。 電話で最初に言われたことが「山開きは6月1日からですよ。」ということだ。 まあ、多くの人は高山植物の美しい雪解け後、バスが8合目まで開通してから、往復3時間半コースで登山をするのだろう。 花の百名山なのでそういう楽しみ方もありだと思う。 10年後に元気で登ることができたら自分も、それで再訪しようとこころに決めた。 日本200名山の名にふさわしい名峰が、2年前と同様今度も晴れた空の下から見送ってくれた。
(2012年5月 記)

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地図の引用画像は国土地理院発行の数値地図50000(地図画像)と数値地図50mメッシュ(標高)を利用しています。(この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。承認番号  平13総使、第301号)
登山ルートの俯瞰図は、DAN杉本氏の開発したソフトウエア「カシミール3D」にて作成しています